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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第2節 手作りの魔力 [11]




「アンタ、世間を甘く見ない方がいいわよ」
「別に甘くなんかっ」
 身を乗り出す娘を見てゲラゲラと笑った。
「まぁもっとも、アンタみたいな小娘をあの霞流さんが相手にするとは思えないけどねぇ」
 美鶴は勢いよく背を向け、鞄を掴んで部屋を飛び出した。
 甘くなんかっ!
 心の中で叫んでみる。だが、それは声にはならなかった。
 中途半端。
 わかっている。だけど、それでも美鶴なりに努力はしているつもりだ。霞流に突き放されようとも、もう想いを隠しはしないと決心した、つもりだった。
 それではダメなのか。まだ自分は未熟なのか。
 学校なんて辞めてしまいなさいよ。
 なぜだか心に深く突き刺さる。
 母の言い分はもっともだ。意味もなく通って授業料を払ってたって無駄なだけだ。意味も目的も無いのなら、いっそ退学してしまった方がいい。
 意味。目的。
 高校へ通う理由とは何だろう?
 一番に思いつくのは、進路。
 進路。
 また一つ、解決しなければならない問題を思い出してしまった。
 進路。
 進むべき道が定まっていれば、学校へ通う意味もある。だが、今の自分には無い。
 学校なんて辞めてしまえばいい。
 同じような言葉を、別の人物からも言われた事がある。

「今の君には、もう唐渓に通う必要なんてないんじゃないのか?」

 確かに、今の美鶴には唐渓に通う理由なんて無いのかもしれない。ならばいっそ、退学してしまった方がいいのだろうか?
 繁華街を彷徨(さまよ)う行動が見つかればタダでは済まないだろう。霞流といった資産家の息子を追いかけているなどといった事実が知れ渡れば、学校では嗤われるだろう。身分知らずも甚だしいと虚仮にされるに違いない。それが怖くて、瑠駆真にも聡にも自分の想いを伝える事ができなかった。今でも怖いと思っている。瑠駆真や聡がいつ口を滑らすのか、ツバサがうっかりしゃべってしまったりはしないだろうかと、ヒヤヒヤする時もある。
 そんな思いをするのなら、いっそ唐渓とは縁を切ってしまった方がよいのではないか。
 だがなぜだろう。辞めてはどうかと言われると、言葉に詰まる。

「どうして唐渓に固執する?」

 瑠駆真には、固執しているように見えたのだろうか? だとしたらなぜ?
 せっかく合格して高い入学料を払ったのにいまさらもったいないから? 辞める事は、唐渓の同級生たちに対して負けを認めるような気がするから? 霞流慎二が唐渓の卒業生だから? それとも。
 美鶴は歩を緩めた。駅はもうすぐだ。
 それとも、瑠駆真や聡や、ツバサや蔦たちと離れるのが寂しいから?
 まさかっ。
 慌てて否定する。
 そんなはずはない。そんな、寂しいだなんて、そんな事を思うはずがない。きっと霞流さんが卒業生だからだ。霞流さんと、何かしらの繋がりを持っていたいだけだ。それに、学校を辞めたら駅舎の管理も辞めなければいけなくなるかもしれない。学校帰りについでに、という条件だったから、学校を辞めたらついでもなにもなくなる。そうしたら、霞流さんとの繋がりはさらに細くなる。
 強く頷く。ホームへ向う。列車の到着を告げるアナウンス。
 とにかく、お母さんが言うように学校を辞めるにしたって、別に今日や明日の事ではない。今は他にも解決しなくちゃならない問題がたくさんあるんだから、まずはそっちを考えなくっちゃ。
 直近の問題。
 聡の事か。
 列車が到着する。扉が開く。人の波に流されながら、美鶴もなんとか乗り込んだ。エアコンと人の熱気で蒸し暑い。
 聡と里奈。
 ツバサの話では、里奈はバレンタインに乗じて手作りのチョコレートを渡したいと思っているらしい。だったらバレンタインまでには聡を説得しなければならないという事になる。
 バレンタインか。
 息苦しさから逃れようと顎をあげた。釣り下がる広告には、大手デパートのバレンタインフェアの文字。
 里奈が聡に手作りのチョコレート。
 なんとなく複雑な思いを乗せて、列車はぐんぐんとスピードをあげた。





 ツバサから電話で依頼されても、美鶴はぐずぐずと言い出せずにいた。
 美鶴と聡はクラスも違うし、お互いにいろいろな意味で注目を集めやすい存在だ。駅舎では瑠駆真の存在もあり、なかなか二人っきりになる機会はやってこない。ゆえに言い出せないまま日にちが過ぎたというのもある。だが、理由はそれだけだろうか?
 駅舎でも、瑠駆真が席を外す時はある。遅れてくる時だってある。携帯で連絡をするという手段だってあるはずだ。言い出そうと思えばできない事はないのではないか?
 こ、この携帯は借物だ。料金は霞流さん持ちなんだから、こんなくだらない私用の為に使うなんて事はできない。
 くだらない私用? ツバサからの頼みは、くだらない事なのだろうか? 聡にお礼がしたいという里奈の気持ちは、くだらないモノなのだろうか?
「お礼言いたいって言ってるだけなんだしさぁ、会ってあげれば?」
 そう一言告げればよいだけなのに、なぜだか言えぬまま日にちが経ってしまった。バレンタインはもう明日だ。
 底冷えする駅舎に、聡と二人。
 ツバサにも約束したんだし、とにかく言うだけは言わないと。なぜだか今日は瑠駆真もいないし、ツバサも蔦康煕も姿を見せない。チャンスじゃないか。
 頭ではわかっているのに、どうしても言い出せない。
 なぜだろう? なぜだか、とても卑怯な事をするような気がして、後ろめたさを感じる。その後ろめたさというヤツに引きずられるようにして、今日まで言い出せずにきてしまった。
 他に彼女でもできれば、聡はもう私の事で傷つかなくても済む。その相手として里奈を勧めようとしているのか?
 違う。
 きっぱり否定する。そんなつもりじゃない。
 だが、こちらにその気が無くても、聡にそう誤解されてしまったりしたら、どうなるのだろう?
「お前、俺と田代をくっつけようとだなんて、そんな事考えてるのか?」
 瞳を滾らせて睨み下ろしてくる姿を想像する。
 彼は頭に血が昇りやすい。言い出すにしても上手に話を進めなければならない。
 小さい頃は考えナシに思いついた事を口にして、誤解を生んでよく喧嘩をした。聡との喧嘩の中で、自分の頭が他人よりも硬い事を知った。
 あの頃は、言いたい事など気にもしないで言いまくっていた。こんなにあれこれと考え込む事などしなかった。
 今はどうしてだろう? どうしてこうもいろいろと悩むのだろう?







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